カヴァッリ作曲 オペラ

『カリスト』

プロローグと全3幕

台本:ジョヴァンニ・ファウスティーニ

Francesco CAVALLI1602-1676"La Calisto"

Libretto di Giovanni Faustini


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解説

プロローグ
 (無窮の洞窟にて。自然、永遠、運命)
 
Sinfonia  (Lento - Presto)
 
自然 純潔にして翼を持てる魂よ、滅することなき蛇の渦より出べき者よ、
地に降り来て、座し、戦い、迷い、感覚と生の意味を抑制するのだ、輝かしき命の果てる、その時には。
 
永遠   この高みに至りし者、永遠なる者よ、自然を崇め、不滅の命を知るが良かろう。
  これまでの道の、いかに堪え難く、退屈であったか。
  どれだけ精魂の尽き果てた、登攀の途であったことか。
 
自然と永遠 かのヘラクレスも同様の道行きであった。
  至高の徳は魂を更なる高みへと導こう。
 
運命 偉大なる母、至高の指導者、いにしえよりの支配者よ、
世界の本質に存する、すべての豊穣の源よ、
運命はここに昇り至り、そして水晶の洞窟にあって、
汝の高貴なる創造物を刻み残すであろう。
 
自然 変わることなき若者よ、サテュロスあるいは私より老練なる者として、入るが良い、
そなたならば、この先を越えてゆくことが出来るだろうから。
 
運命 神聖にして不朽の名の記されし書物のうちに、星のごとき者を銘記さるべき、そなた女神よ。
  その天体の美しき玉座において、
  カリストを永遠なる者となせば、
  新たなる星座は蒼穹の輝きを更に増すこととなろう。
 
永遠 かくなる天の高みに、誰が彼女を招聘するのか?
いかなる徳によりて、彼女を神々のうちにと迎え入れるのか?
 
運命 そは我が意によるものである。運命の命令も決定も、理由は必要とせぬ。
我が決定の真意は、たとえ神であろうと窺い知ることは出来ぬのだ。
永遠   カリストを星々のなかに迎えよう。
  彷徨えしその身を、輝きわたる永遠の光で飾ろう。
  かくて天空の極みに明るさが増すであろうから。
 
全員で   カリストを星々のなかに迎えよう。
 
第1幕
第1場
(荒涼たる森にて。ジョーヴェとメルクーリオ)
 
ジョーヴェ いかに燃え上がる炎であろうと、天空の晴朗を変えるには至らぬだろう。
この宇宙は無傷のまま。だが、地上は未だに煙霧のなかにくすぶり続けているようだ。
その何千という口で、瀕死の大地が、熱風のただ中で天に救いを求めている。
あらゆる河は安息を求め、その源流へと逆流し、乾ききった大地は黒煙を雲の流れに託し天空へと送り込む。
森は死に絶え、草花たちも一網打尽のさまだ。
この世界の守護者であり、番人であるべき、我らのせいでもある。
この惨劇から回復させ、自然をよみがえらせねばなるまい。
 
メルクーリオ 父上にして、未熟にして未だ創造されざる者の支配者よ、あなたは全てに対する王であり、
星々を手放さずとも、この至高のオリュンポスの頂きから、正しき輝きと公正なる姿として、
破滅の前の姿、もとの姿を取り戻すこともかないましょう。
ですが私は、あなたが地上へと降り立った時、その苦痛を癒すのではなく、
さらに傷ついた者どもを打ち倒し、新たな破壊を企て、
その後によりたちの悪い者どもがのさばることになるのではと危惧しているのです。
これまでなかったような悪徳に人間たちが染まり、あなたの雷の剣や、
あなたの存在そのものを軽んじるようなことになりはしまいかと。
 
ジョーヴェ まずは偉大なる母の輝きを復活させることだ。
そうすれば、リュカーオンと彼の悪眷属たちの時と同様に、物事に対処出来る。
だが待て、メルクーリオ、誰かいるぞ?
あの女狩人の姿をしたニンフは何者だろう?
  おお!見たこともないくらいに、清楚に光り輝いている。
 
メルクーリオ 狼に変身させられ、いまは森のなかで吼えることしかできないリュカーオン王の有名な娘ですよ。
弓を携え、処女神ディアナに仕えているのです。
  そうです、実直にして美しき、純潔の女神に帰依するゆえに、
彼女は恋愛を憎悪しているのです。
 
ジョーヴェ 純真なる娘よ、お前は処女のままでいることを誓ったが、
この森の中で、獰猛な獣たちに囲まれて、人としての姿を失うだろう。
 
第2場
(カリスト、ジョーヴェ、メルクーリオ)
 
カリスト   麗しき木陰よ、あなたの光は何処に?
  優しき花々は燃え殻のうえに萎え、美しかった緑はもう何処にもない。
  あんなに好きだったのに。
  行くところいずこも、熱波に傷つき、乾きに喘ぐ。
  河がその源へと逆流していくのが見えるわ。
  私はといえば、熱に煽られたこの髪や唇を持て余すだけ。
  地上を揺るがし、燃やし尽くすなんて。
  ひどいわ。やめさせて、ジョーヴェ、もうこんなことは。
 
メルクーリオ その美しさゆえ、あなたにはこの火を消し止める役割があるのです。
 
ジョーヴェ キュレネーよ、この神の心をも打ちのめす、その美しさはどうだ!
もし余が人間であったならば、神に向けられたその怒りで死んでしまうところだった。
 
メルクーリオ あなたはこの地上を救うために降ったのです、そんなことのためではありません。
へまな医者のように、ご自身が病に罹ってどうするのです。
コキュトスの炎が、あなたの心に火をつけてしまったとは。
 
カリスト あんなにこんこんと湧いていたのに、この泉も枯れてしまったわ。
この私を、少しでも良い場所に導いてくれるのは誰なの?
激しい炎が、私を呑み込んで行く。
嵐も泉も河の流れも、この私の渇きを癒すことはない。
 
ジョーヴェ 不死の魂が天より降ったのだ、美しき者よ、お前の心を癒すために。
凶暴なる力と競い、お前を甘きアンブロシアで清め、神々の祝福を与えるために。
見よ、泉から流れる水晶のごとき流れを。
憂愁に沈む美しき者よ、お前の愛らしく、甘そうな珊瑚色の唇を、その波紋のなかへと口づけるが良い。
  
Sinfonia
 
カリスト 水の流れをも支配なさる、あなたはいったい誰なのでしょう。聞いたこともないような奇跡ですわ。
河ももと通りに源流から下り、乾ききった岸辺を潤している。
ジョーヴェ 余が少し身振りをすれば、もっと凄いことが起こるだろう。
稲妻の閃光とともに、全ての星々や宇宙を破壊し、そして再創造することも。
  余はジョーヴェだ。
  燃え盛る大地を癒すために、天界より降り来たのだ。
  だが、そなたの瞳に燃える炎が、余の心に火をつけた。
 
メルクーリオ   幸いなるニンフよ、お前はジョーヴェの心を愛に目覚めさせた。
  お前の甘き口づけを受けるならば、
  彼は平和に満ちた至高の世界を約束するだろう。
  そこならば、お前の魂は真正の悦びのうちに生きることが出来る。
 
メルクーリオとジョーヴェ   幸いなるニンフよ、
  お前はジョーヴェの心に愛を芽生えさせてくれたのだ。
 
カリスト それでは、神であるジョーヴェが、その徳で純潔を守るべきお方が、
ニンフによって火をつけられたとおっしゃるのですね。
私はディアナに処女の純潔を誓っているのです。その誓いを破らせてまで、私の処女を奪おうとなさるのですか?
あなたはその力で以て、人々の愛情すら思いのままに出来る漁色家ですわ。
ヴィナスは決して、私に慎みのないマートルの冠をかぶせようとはなさらないでしょう。
この水の流れを、どうぞその源にお戻し下さい。私はあなたの愛の妙薬を呑みたいとは思わないのですから。
堕落した魔法使いみたいですわ。私はそんな妖術を気に掛けることはありません。
さようなら、色男さん。
  私は若き乙女として死んでゆきたいのです。
  この心はクピドの褥にはなりませんわ。
  私は若き純潔を保って死んでゆきたいのですから。
  愛の炎がたとえその持てるすべての矢で射抜いても、
  最後に勝つのはこの私。
  私は純潔の乙女として死んでゆきたいのですから。
 
第3場
(ジョーヴェとメルクーリオ)
 
ジョーヴェ 口差のない小娘め、神の好意に対して嘲りを以て対するとは。
余の力は、彼女の心を愛に仕向けるには十分ではないというのか。
人の心を自由にしてきたというのに。
メルクーリオよ、お前は口が上手いから、何とか逃げようとする彼女を説き伏せて、
処女にしがみつくことを諦めさせるのだ。余に助力してくれ。
 
メルクーリオ 甘い言葉なんぞでは、この強情な小娘の心を懐柔することは出来ませんよ。
おもねったり宥めたりしても、結局のところ我儘を増長させるだけでしょう。
 
ジョーヴェ では、余はいかにしてこの愛の苦しみをやわらげればよいのだ?
 
メルクーリオ 私に名案があります、敵は欺くに限るのですよ。
 
ジョーヴェ どのように?
 
メルクーリオ 森の女神である、あなたの娘(ディアナ)の姿を借りるのです。
その姿で以て、小悪魔のようにあなたの心を奪ったニンフを誘惑してやりましょう。
どんなにひねくれた、手に負えないような小娘でも、あの女神が相手なら拒むこともないでしょう。
 
ジョーヴェ お前にして、あっぱれな考えだ。なかなか優秀な策略家だな。
感謝するぞ、メルクーリオ。お前の作戦は大いに気に入った。
 
メルクーリオ 泉から離れてはだめですよ。
そんな気のなさそうな娘に限って、燃えるような渇きを癒しにやって来るものです。
それから、全ての水の流れを隠しておくのです。
ジョーヴェ その格好であれば、ジュノーネにびくつくこともないな。
たとえ彼女が余の思惑を見破ったところで、好きに怒らせておけばいい。
余はこの甘い悦びを捨てることはせぬ。たとえジュノーネが百人いようともな。
 
Sinfonia
第4場
(カリスト一人)
  
カリスト 人間にも神様にも、道楽者はいるものね。
私は瀕死の渇きに喘ぎながら、なんとかそれを癒そうとしているというのに。
湧き出る泉の水を飲むために戻りましょう。
ああ、大河の流れでさえ癒すことのかなわぬこの渇きを、この甘く涼やかな、ほんの数滴がそっと治めてくれる。
その冷たい水に顔をつけてみるわ。
騒ぐ血潮を鎮めるために、手を入れてみましょう。泉よありがとう、疲れが消えていくのがわかります。
  最も賢明なこと、それは逃げてしまうことね。
  野蛮な獣たちの、中身のないお追従から。
  身勝手な男はめんどうなだけよ、束縛ばかりだもの。
  自由に生きることこそ、私の無上の喜び、そして願いなの。
  やさしい草原の、花々に飾られたしとねのために、
  私は蜜を口にし、小川の水を飲むのですから。
  森の小鳥たちが歌いながら教えてくれるわ、
  自由に生きることが、無上の喜びであり、願いなのだと。
 
第5場
(ディアナに変装したジョーヴェ、メルクーリオとカリスト)
 
メルクーリオ その格好、装いなら、いかに女神様といえど、あなたとはわからないのでは?
 
ディアナに扮したジョーヴェ 小生意気な娘がまんまと引っ掛かってくれるぞ。
 
メルクーリオ お嬢さん、彼女があそこにいますよ、さあ、何を躊躇しているのです?
 
ディアナに扮したジョーヴェ   おお、わが僕のうち、もっとも美しく、光り輝く者よ。
  美神にも勝る、そなたうら若き乙女。
  何故お前はかくも私から離れた場所にいるのです?
  お前なしには、もはや狩りの喜びも安らぎもないというのに。
 
カリスト   ああ、太陽の同胞姉妹よ、
  偉大なる女神様、炎の轍を巡る星々を司り、
  猛り狂う野獣を私のもとから追いやってくださる、
  愛する女神様。
 
ディアナに扮したジョーヴェ   今こそ癒しておくれ、
  お前を見失っていたこの苦しみを、
  そうとも、お前のその甘い口づけで。
カリスト   あなた様がお望みになるだけ、差し上げますわ。
  この唇はあなた様のため、いつの時でも、
  あなた様への帰依の証しなのですから。
  そうです、お捧げ申し上げるのです。
 
ディアナに扮したジョーヴェ さあ、参りましょう、愛すべき友よ。木陰涼しき隠れ家へと。
緑なす風がささやき、
  どこよりも大気の澄み渡るその場所へと。
  そこで口づけを交わしあいましょう。
 
カリストとディアナに扮したジョーヴェ   口づけを交わすのです。そう、そうですよ。
  流れる時は心を甘き悦びで満たす。
  休むいとまもないほどまでに。
 
第6場
(メルクーリオ)
 
メルクーリオ 行け、さあ行くが良い、彼とともに。
その純潔、清らかなる口づけの、妙なる余韻が森を満たす。
行け、行くのだ、彼とともに。
  もしもお前の祈りと涙が甲斐なきものなら、
  もしもそれらがお前の頑なな女主人の心を動かさぬなら、
  恋する者よ、私の言葉を聞け。それは策略だからだ。
  何故なら、彼の愛に護られ悦ぶ者は、偽りの恋人だから。
  悪戯好きな愛神の誘惑、その悦びはさらに心地よく、味わい深く、そして快い。
  お前にそれを教えるのはこの私。
  そうとも、策略なのさ。
  彼の愛に護られているのは、偽りの愛なのだ。
 
第7場
(森にて。エンディミオーネ一人で)
 
Sinfonia
 
エンディミオーネ 息が詰まるような驚きだ。花々の輝きには蜂が群がり寄り、遍く自然は、不毛の森に群葉の涼しき衣を掛ける。
ラドン、エリュマントス、風波を吐き出せ、もっと前へと、海の彼方へと向かって。
けれども僕は、苦き嘆きのうちに沈みながら、心の安らぎも見いだせず、希望の花を見ることも諦めようとしている。
世界がこうして生まれ変わる瞬間にも、貪欲な激情が、燃え盛る炎が、僕の心を食らい尽くす。
涙は河の流れのごとく、この終わりなき胸の焦がれに、瞳を濡らし続ける。
けれど、惨めな僕の眼の前にあるものは何?このため息の理由である彼女がやって来るではないか。
  喜べ、我が心よ、麗しの君があえいでいるのが見える。
  人目を忍ぶ恋よ、そっとこのまま見つめていながら、
  心に死を連れてくる痛みを、その悦びで癒すとしよう。
  あなたのその可愛い顔を見ていると、聖なる女(ひと)よ、
  不幸せなこの僕も、少しは生きた心地になれるのだ。
 
第8場
(ディアナ、リンフェーア、エンディミオーネ)
 
ディアナ 獣たちは、自分の巣穴を囲み巻き込む炎に怖気づくばかり。
狩りどころじゃないわ。森のどこにも、彼らの足跡さえ見つけられない。
 
リンフェーア 渇きに駆られて、陽が西に沈む前ころには、獣たちが河に水を飲みにくるかも知れません。
山の影の森の小径で、それを待つことにいたしましょう。
夜の帳が下りる前には、その矢を放つことができますわ。
 
ディアナ まあ、愛しいあのお方がやって来る!甘い苦しみを私に下さる方よ。
エンディミオーネ 我が瞳よ、その銀白の光に眩まされてはいけない。どうか挫かれることのないように。
思慮深い医術師のごときその光は、僕の苦しみを鎮めてくれることだろう。
 
ディアナ 素敵な羊飼いさん、獣たちを森の中で見かけなかったかしら?
 
エンディミオーネ 悲しみのうちにもの思いに沈み、苦痛に呑み込まれ、涙で眼は曇らされ、
女神様、獣たちの姿など見ることは出来なかったのです。
  
ディアナ あなたはエリュマントスの誉れ。私の星の巡りをしっかりと見守ることの出来る者。
その若さの輝きがあるのに、なぜ、それほどたくさんの苦しみを心に抱くのでしょう?
エンディミオーネ 僕は幸運な殉教者です。この胸の痛みは、その苦しみのわけを誉めまつり、祝福しています。
その傷は癒えることはないでしょう。何故なら、その痛みにこの胸がか満足しているのですから。
ディアナ あなたのその辛そうな様子からすると、その苦しみの理由は愛なのね。
エンディミオーネ 愛。でも僕はその痛みに対して不平を言おうとは思いません。
いつだって、僕は自分の情熱が誠実であることを誓っているのですから。
リンフェーア 私たちの心を打ちのめそうとするその無作法な情熱とやらを消し去って、
すぐにここから立ち去って頂戴。罪深き情熱の奴隷よ、ディアナの敵。
ディアナ うるさい小娘ね。私の愉しみの邪魔をしないで。
私には厳しい純潔の掟があるの。決してふらつくことはないわ。
 
リンフェーア 何を躊躇しているのでしょう。お互い、燃えたぎる炎の矢を持っているというのに。
 
ディアナ 私は純潔を冒すわけにはいきません、ですから、どうぞここから去ってほしいのです。
気の毒で、冷たい石のような心を持った恋人として。
あなたの不徳の痛みで、私の心を損なってはいけません。
そう、私は純潔の誓いを立てているのですから。
 
エンディミオーネ では、行くことにいたします。さらに遠くへと。
沈黙の偶像、秘密の恋人よ。この心に刻まれたその姿だけが、私を安らぎへと導いてくれることでしょう。
  草木も、小鳥たちも、そして風もまた、
  僕の喜びと情熱をわかってくれるだろう。
  息も絶え絶えに彷徨うといえど、
  僕にはこの残酷な運命さえ愛おしく思えるのだ。
 
第9場
(ディアナとリンフェーア)
 
ディアナ 無慈悲ゆえではありません、愛する人よ、あなたを遠ざけたのは。
同じ絆が、私とあなたを結びつけ、同じ炎が私を押し包んでいるのです。
けれども、この貞節の誓いが、私に愛を禁じる。
どうかこの私を去って頂戴、私を燃え上がらせるだけのあなた。
だって、もしあなたが私を愛してしまったら、私もあなたから離れられなくなって、
不死の身でありながら、あなたのために死に続けなければならなくなってしまうから。
 
リンフェーア あの若者がその胸に抱き続けねばならぬ苦しみと甘さ、痛みと悦びの、如何ばかりなことでしょう。
悲喜こもごもの、なんと奇妙なことか。
あら、カリストがこちらに参りますわ。
 
第10場
(カリスト、ディアナとリンフェーア)
 
カリスト   この心が天界に至ったとしても、
  これほどの気持ちを知ることはないでしょう。
  こんな未知の悦びというものを。
 
ディアナ ずいぶんと嬉しそうね、私の小娘ちゃん?
森じゅうをあちこち歩きまわって、自分の矢を獣の血で汚してしまったのかしら?
カリスト あなた様の唇が私の心に投げ落として下さった、素晴らしく甘い悦びのせいですわ。
なんて甘美なのかしら、ああ、愛する女神様。
口づけのなかで、あなた様が注いでくださった、そして、私の唇も同じだけを。
ディアナ いつ、あなたと口づけをしたですって?
 
カリスト いつって?あの暗い岩屋のなかで、つい今しがた、銀色の光を投げかけて下さいましたよね?
その刹那、甘い口づけを交わしたのを、忘れておしまいになったのですか?
リンフェーア この娘はどうかしているわ!
 
ディアナ 岩屋のなかで悦びを分かつ口づけを?
そんないかがわしい言葉を、あなたの口から聞かされるとは。
 
カリスト 女神様。リンフェーアに、私たちが味わった甘い楽しみのことを聞かせたくないのでしょう。
だって、そうしたら、リンフェーアにもあなた様の甘い口づけをあげなくてはならなくなってしまうから。
お願いです。その赤い唇を、私以外の者に捧げたりしないでください。
あなた様の愛撫と止むことのない口づけを、どうぞ私のためだけにとっておいてほしいのです。
 
ディアナ お黙りなさい。不品行なことを言うものではありません。
何と邪な心に捕らえられてしまったのか。恥知らずもいいところね。
いったいどういうわけで、そんなみっともないことになってしまったの?
  あなたのようなことを喋ったりやったりする、常識知らずの跳ねっ返りはお呼びじゃないの。
この森から出てお行きなさい、私の仲間のニンフたちに関わってはなりません。
いいわね、このふしだら娘。
恥に顔を赤らめて、さっさと行っておしまいなさい。
まったくどうしようもない娘だわ。
 
第11場
(カリストとリンフェーア)
 
カリスト すすり泣き、悲しみ、愁いに沈む私の瞳、潔白の魂よ。
魅せられた心が、ああ、仇に変わってしまった。
でもいったいどうして。
 
リンフェーア カリスト、あなたにいったい何が起きたというの?どうして踏み迷ったりなど。
 
カリスト あのお方は、その優しい胸のなかに私を抱きしめて下さったのよ。
そうよ、ぎゅっとね。いつまでも、いつまでも。
なのに、今度はそれをお怒りになるなんて。でもどうして。
第12場
(リンフェーア一人)
リンフェーア そんな淫らなことについて訊かれても、どう答えればいいのかしら。
キューピッドの投げ矢である私でさえ、触れたことはないというのに。
もし愛の棘が私の裸の心を優しく刺し貫くことがあっても、私は拒んだわ。
でも、でも私だって……、いいえ、そんなことはない。
誰が分かるっていうの?
  心の底では望んでなんかいないの、
  純潔の身のまま死んでいくことなど。
  殿方が下さる甘い悦び、
  それは慰めをもたらしてくれる。
  そう私の婆やは教えてくれたわ。
もし婚礼の褥でそれを知ることが出来たなら、
  私の心は言うでしょう、素敵だわ、と。
  でもまたそれは答える、そうじゃないの、と。
  その若者を目にした刹那に、私の身体は感じ易くなる。
どうしてこんなに、恋い焦がれるのかしら?
欲しいわ、未だ見知らぬあなたのことが、欲しいのです。
私を抱きしめて魂を満たしてくれる誰かが。
  そうすれば心から叫ぶわ、素敵よ、と。どんな迷いも振り払って。
 
第13場
(若きサティリーノとリンフェーア)
 
若きサティリーノ   そこの可愛い子ちゃん、恋人がほしいのかい?
  もしこの僕で良かったら、
  その腕で僕を抱きしめて、君の胸を僕に押し当ててみないかい、
  僕の持っている全ての愛を君にあげるよ。
 
リンフェーア 運命の神様はね、そういうおかしな男から私を守ってくれるのよ。
 
若きサティリーノ   やわらかな君の髪が僕を包んでくれるだろう、
  ごわついたたてがみなんかじゃない、
  優しい綿毛のようにね。
  すべすべした羊毛は僕のあごひげには不似合いさ。
  僕のきれいな頬っぺたはね、笑いながらチクリとね、
  花盛りのバラの棘に刺されるんだ。
  そして僕のこの口は、甘い蜂蜜でいっぱいになるよ、
  君に花蜜を含ませてあげるためにね。
リンフェーア 下品で粗野な男だわ。私にはそうとしか見えないわね。
あなたがどんなに素敵かなんて、そんなごたくを並べる必要なんかないわ。
雄山羊に生まれて、雌山羊たちと仲良くしていれば良かったのよ。
 
若きサティリーノ   僕の生まれは半神の高貴な家柄だぜ。
  ものを知らない田舎娘なんだね。
  きっとロバやそうした類いの中で育ったんだろ。
  僕は知っているよ、好き者の君がどうして僕を拒むのか。
  それは僕がまだ少年のようで、キューピッドやヴィナスたちの秘め事に慣れていないから、
  僕の可愛い尻尾はいずれは大きくなるけれど、
  まだまだ小さいからなのさ。
 
リンフェーア   私の前からいなくなって頂戴。羊や山羊と遊んでいればいいわ。
  まるで盛りのついた雄山羊みたいね、あなた。
  ナルキソスのような麗しい男だけが、私の美しさを享受できるの。
  さっさと行きなさいよ、羊や山羊たちがお待ちかねよ。
 
第14場
(パーン、シルヴァーノ、若きサティリーノ)
 
パーン   森の神々、静かなる森の守護神にして精霊よ、
  そびえ立つオレイアスの山々、さざめくナーイアスの河よ、
  髪を振り乱せしハマドリュアデス、
  蒼白の顔で風に吹かれ、お前は哀れを誘う声で、
  マエナルスの神々の骸の上で、もの悲しき葬送の歌をうたう、
  毒蛇の如き恋人は、僕のような哀れな男に咬みついて、
  毒を盛ってくれるのさ。
 
シルヴァーノ   気を持ち直せよ、しけた顔をしているな。
  気持ちを他に向けるのさ。
  お前さんの女神さまは慈悲深い。
  そうとも、雌毒蛇なんかじゃないさ。
  まだ望みはあると思うぜ。
若きサティリーノ うん、きっとそうだよな。
 
パーン   君の耳障りのいい言葉は、むしろ弱々しく聞こえるな。
  僕の祈祷師に聞いたところじゃ、ディーリアは残酷で執念深い毒蛇に変化するそうな。
  彼女はもう、おしとやかで上品で、きらきらと素敵な羊毛のことなんか忘れているのさ。
  白銀に輝くその世界で、このざらついた唇に口づけすることなんて。
  でも僕は怖いんだ。あの娘が、他のもっと愛想のいい、素敵な優しい唇から、
  あの甘い蜜をたっぷり注がれるのじゃないかとね。
  そうして情けない僕はといえば、苦いすすり泣きと悲嘆の中で心をすり減らすのさ。
 
シルヴァーノ   物事をしっかりと見極めようじゃないか。
  分からず屋らしいその女神様とやらを驚かせてやろう。
  そうして、何処かの馬の骨に抱かれている、君の悦びを奪ったその女を、
  せいぜいなぶり殺してやるのさ。
 
若きサティリーノ   僕はといえば、生まれつきのやくざ者。
  暗くて冷たい洞窟を、人気のない寂しい森を、
  そして険しく孤独な坂道を、
  あてどなく歩き回る、飽くことのない放浪者なんだ。
 
パーン   愛よ、僕を援けに来ておくれ、
  どうかお願いだ。
  冷徹な美しさという名の武器があるところへと戻る道へと、
  僕を連れて行ってほしい。
  そうとも、後生だから。
シルヴァーノと若きサティリーノ   パーンよ、気を落とすな、
  じきに優しい花の褥の中で苦しみを忘れられる。
  パーンよ、身を震わせるような悦楽が、
  その呻きを止めてくれるだろうから。
 
Chiacona (Andante)
(6匹の熊が森から現れ出て、奏楽にあわせて踊る)
第2幕
 
第1場
(リュカイオス山の頂にて)
 
Sinfonia  (Grave)
 
エンディミオーネ   この荒涼として寂しき峰こそが、
  憧れの貴女に近づくことの出来る場所。
  エンディミオーネはその秘密の恋人。
  もう一度、貴女にこの唇を押しあててみたい。
  銀色に輝く数多の星影の軌跡よ、
  妖しく静かに沈みながらも、
  貴女は大地と岩山の上に、
  明るい夜の光を滴らせる。
  眩く輝く星々は、テッサリアの喧騒を以てしても、
  貴女の平穏なる道行きを妨げることはない。
  アトラスの山々を越え、
  フォイボスはついに己の炎の車を止める。
  我が愛しき星は四方を照らし、天界に輝き、
  その壮麗にして美しき姿をこの私に見せてくれるでしょう。
  貴女、愛する星よ、貴女は私に教えてくれましたね、
  その冷たい光こそが、恋人たちの心を燃え上がらせると。
  いったいどのような突然の眠りが、この山上で私に甘い忘却を連れてくるのだろう?
  優しきまどろみよ、もし私がすすんでそなたの虚しき希望のもとに降るなら、
  もうなるようにしかならぬ。私が眠っている間に、
  愛の夢が私の心を歓びでいっぱいにしてくれるだろう。
  愛しき恋人よ、戻ってきておくれこの心に。
  残酷な女神よ、しっかりと抱きとめておくれ。
  そうすれば、その甘い輝きの中で、
  私はたとえ死んでさえ、永き年月を生きるのだから。
 
第2場
(ディアナとエンディミオーネ)
ディアナ   無垢の走者よ、俊足の牡鹿よ、
  リュカイオスの頂へと至るお前のその道すじを御するのです。
  私の愛する羊飼いが、そこへ登っていこうとしているのが見える。
  この胸の炎に焦がされるままに、
  私はたった一人でこの寂しい場所へとやって来ました。
  でもそれは恋人としてではなく。
  おお、幸いなるかな、シンティアよ!
  私の愛の的が、どうやら眠りに落ちているようです。
  可愛い子ね、密かに思いを寄せているのよ、
  臆することなく、あなたを見つめ、口づけ出来るかしら。
でも、口づけですって?おお、穢れなきディアナよ、
ああ、そんなことダメだわ。
どうして、この甘い想いが心に苦しみをもたらすのでしょう?
彼を抱きしめたいだけなのに。
  おお、愛する人の吐息よ!
  その薔薇の如きな唇から微かに漂うのは、アラビアの芳香のよう。
  そうよ、私を包み込んでくれるの。肉桂皮(シナモン)のような芳しさで。
 
エンディミオーネ 狂おしいほどに愛らしい。
もう貴女は、貴女の奴隷である私から逃げることなんて出来ません。
ディアナ 彼は私に夢を見させてくれる、その胸に顔をうずめる夢を。
天よ、どうか彼に気付かれませんように、そして愛する彼が悦びのままいられますように。
  
エンディミオーネ   永遠なるその姿よ、私は貴女を抱きしめる。
  そうしながら私は、女神よ、甘き苦しみに悶えるのだ。
 
ディアナ 私には出来ないわ、彼が気づいてしまうのが怖い。
 
エンディミオーネ いったいどうしたのだろう?
 
ディアナ もうだめだわ、彼が目覚めてしまった。
 
エンディミオーネ おお、神よ、私はまだ眠りの中にいるのか?
まどろみの中で、甘い幻影を抱きしめているのだろうか?
愛の痛みよ、私にときめきと熱い吐息を与えてくださったのはあなたなのか?
  私は不敬の輩だ、天界の女(ひと)に触れ、抱きしめ、激しい悦びを知った。
  このまま別れるより、罵られ、呪われるほうがまだいい。
 
ディアナ この絆を解かなければなりません、愛する人よ。
 
エンディミオーネ 何が私をお呼びになったのですか?
 
ディアナ 私の愛と、情熱です。
 
エンディミオーネ 女神様!そんな甘い言葉を聞かされては、私はひとたまりもありません。
 
ディアナ 私はあなたのもとを去らなければなりません。
愛の神様が私のためにあなたの心に火をつけたのならば、私も白状しますわ、
この胸が疼いて止まないことを。
 
エンディミオーネ ああ、神聖にして美しきアルテミス、あなた様のその情熱が、私の心に火をつけたのです。
この私は、決して無傷でいることは出来ません。
 
ディアナ 私たちの愛のために生きましょう。その苦しみは、愛の悦びを倍増させるのですから。
そうです、愛のために生きるのです。
 
エンディミオーネ 私は死に瀕していましたが、今、こうしてよみがえりました。
私のもとを離れて、どうぞお行きください。それは苦い痛みではあるけれど。
私は死にかけていたところを、こうしてよみがえることが出来たのですから。
 
ディアナ もう行かなくてはなりません。さようなら。あなたを残して。
エンディミオーネ もう行ってしまうのですね?私は再び涙に暮れましょう。
 
ディアナ 私の名誉のためです。
 
エンディミオーネ 殉難者の身へと、再び戻りましょう。
 
ディアナ 離れ離れの時は、そう永くは続きません。涙をお拭きなさい。
希望を持つのです。
 
エンディミオーネ いつになったら会えるのでしょう?
 
ディアナ すぐに、すぐに会えますとも。愛する人よ、悲しんではなりません。
希望を持つのです。
 
エンディミオーネ 魂だけは、あなた様について参りましょう。
 
ディアナとエンディミオーネ
わが太陽よ、
わが心よ、
しばしのお別れです。
 
第3場
(若きサティリーノ)
 
若きサティリーノ 純潔にあれほど固執していた女神様も、とうとうあの女みたいに自らの弱さに負けて、
悪しき本能に身を委ねてしまったな。
しかも、高貴な牧神パーンを拒み、みすぼらしい羊飼いの腕に抱かれるとは。
もしこの目で見ていなかったとしたら、信じられなかっただろうさ。
あの女に酷い目に遭わされたあいつに教えてやろう。それで諦めもつくだろうから。
  女に対する信頼なんて、砂上の城のようなもの。
  移り気な女をその気にさせるよりは、
  幼な児の手が古木を根扱ぎにするほうがまだたやすいのさ。
  まだ女とやらを信用するのかい?きまぐれな女というものを。
  砂の上の城のようなものなのに。
 
第4場
(エリュマントスの平原にて。ジュノーネ一人)
 
ジュノーネ 絶え間ない苦悩に傷めつけられ、屠られ、私は自慢の大鳥を地上に使わせた。
わが怒りの友として、あらゆる場所を眺望してまわるようにと。
そこでつかんだ。新たな浮気の噂を。
天界をほっぽらかして、わが夫はこの地上を、どことも知れずにウロついているのだと。
  しかもみっともない、無作法ななりをして。
この新手のプロテウスは、ひもすがら若い娘の後を追い回しては、
その体を撫でまわそうとしているのよ。
私は待っていましょうとも。わが偉大なるジョーヴェが、その女を連れて、
私の前にノコノコとやって来るその時を。
 
第5場
(カリストとジュノーネ)
 
カリスト 流れよ、流れよとめどなく。悲しみの泉がこの私の瞳を涙で満たす。
それは私の心から溢れ出る涙。
突然に、心の平和を奪われてしまったのですから。
あの美しい女神さまは、もう私の心に愛を注いでくれることはない。
命ある限り、ここで泣き暮らしていきましょう。
 
ジュノーネ 何を泣いているのです?可愛い女狩人よ。
 
カリスト わが身の不運を嘆いているのです。
 
ジュノーネ わけを話してごらんなさい。
全能の創造神の妻であるこの私が、力になりましょう。
 
カリスト おお、天界の女王様、私の非礼をお許しください。
地上でのそのお姿に、すぐにはそうとは気づかなかったのです。
私がお慕いし、尊敬するディアナが、私を見捨ててしまいました。
 
ジュノーネ どうしてそんなことに?
 
カリスト あのお方は、私を人目のない洞窟に連れていってくれました。
そこで私のことを抱きしめて、まるで恋人か夫婦みたいに、口づけをしてくださいました。
私たちはお互いに、夢中になって口づけを交わし合ったのです。
けれどもその後になって、あのお方はそんなことは身に覚えがないとおっしゃって、
私を追い返してしまったのです。
 
ジュノーネ この地上に来て間もないというのに、わが夫の浮気相手と早々に会うことになったというわけね。
話しなさい、その女神とあなたとの間に、口づけ以上のことがあったのか?
 
カリスト   何て言えばいいのかしら、とても気持ちのよい……
 
ジュノーネ もう十分よ。あいつときたら、あなたを騙したのね。
自分の不埒な欲を満たすために、よりによって自分の娘に化けるだなんて、
とんだろくでなしだわ!
 
カリスト どうかお願いです。あなた様のジョーヴェがディアナを騙って私をだましたのでしたら、
私は何も知らなかったのです。
どうか私の女神様の怒りを鎮めて、再び私を仲間に入れてくれるようお執り成しください。
ああ、あの方がやって来ましたわ。
 
ジュノーネ これはもう間違いないわね。ジョーヴェのなりすましだわ。
メルクーリオが一緒なのが、何よりの証拠よ。
あの人の悪賢い腰ぎんちゃくで、盗っ人のように不幸を作り出す、
私にとって最低な存在よ。
 
第6場
(ディアナに変装したジョーヴェ、メルクーリオ、ジュノーネ、カリスト)
ディアナに扮したジョーヴェ どんなに悦びを覚えたことか、言葉にならない。
栄光に囲まれた天界にいても、あれほどのことはなかった。
余は星々の動きを司り、この世界を支えてなお疲れを知らず、働き、自らを駆り立てている。
 
メルクーリオ そのような必要などないのです。おお、至高の創造者よ。あなたはご自身の眷属に囲まれて至福の時を過ごし、
人間どものことになどかかずらうことはありません。
意のままに生きる者たちがあなたに従うならば、すべての美しき者はあなたのものとなりましょう。
そうですとも、変装などという策を使わずとも。
 
ジュノーネ 気の利いた助言だわ。あいつほど不遜な者はいないというべきね。
 
カリスト 偉大な女王様、祈りのなかに教えてほしいのです。
お願いです、私の女神様は、まだ怒っていらっしゃるのか。
 
ジュノーネ   行ってごらんなさい、そうじゃないことがわかるわ。
 
ディアナに扮したジョーヴェ   愛しのカリストじゃないの?
 
ジュノーネ   ああ、図星ね。嫉妬に燃えるわ!
 
カリスト   私の癒し、命であるあなた様。
 
ディアナに扮したジョーヴェ   お前こそは私の無窮の悦び。
 
カリスト   あなた様こそ私の平和。
 
ディアナに扮したジョーヴェ   わが心をかき乱す。
 
カリスト   あなた様ゆえのこのため息。
 
ディアナに扮したジョーヴェ   そなたゆえのこの吐息。
 
カリスト   あなた様だけをお慕い申し上げているのです。
 
ディアナに扮したジョーヴェ   誰を探し求めていると?
 
カリスト   わが愛するお方、あなた様を。
 
メルクーリオ 甘い言葉をささやくのはいいですが、声色がそのままですよ。
 
ジュノーネ ああ、情けないたらないわ。とんだ恥さらしよ!
 
ディアナに扮したジョーヴェ これはまずいことになったわ。愛する者よ、
  ラドンの泉のほうへとお逃げ。
  そこで待つのです。その唇が私の口づけを受けるのを。
  私もすぐに参りましょう。
 
カリスト 急いでそういたしますわ。
ところで、あなた様とご一緒のこのお方は?
 
ディアナに扮したジョーヴェ 私の父上が遣わせた伝令です。
 
カリスト ついさっき、この方は大げさな調子で私をジョーヴェのもとへ連れて行ってくださろうとしました。
けれども、そのお誘いには乗りませんでした。拒んだのです。
私は、女神様のお怒りが鎮まった理由をお尋ねはしません。
感謝と悦びに溢れているのですから。
 
ジュノーネ そのあなたの幸せがゆゆしきものであるとじきにわかるでしょう。
第7場
(ディアナに変装したジョーヴェ、メルクーリオ、ジュノーネ)
 
ディアナに扮したジョーヴェ 私は切に欲しているのです。わがキュレネーよ、この美しさから、新たなる恩に浴せることを。
 
メルクーリオ ジュノーネです、どうするおつもりですか、おお、ジョーヴェ!
ジュノーネ メルクーリオね?私の夫は何処かしら。
あなたと一緒になって、この地上にやって来たはずよ。
メルクーリオ あの大火事を消し止めて、オリュンポスの頂上へと帰って行きましたよ。
 
ジュノーネ 私はそこから来たところよ。あの人なんか見もしなかったわ。
たぶんあなたのことをだまくらかして、逃げ道を通って森の中にでも隠れているのね。
あの二つの顔を持ったろくでなしは、また他のニンフにでもうつつを抜かしているのだわ。
ディアナに扮したジョーヴェ 嫉妬深い妻であるが、私の愛を疑いはすまい。
 
メルクーリオ 毒を含んだ冷たい疑念が、あなたを絶えず圧し潰しています。
ジュノーネ いままでの経験でわかるのよ、あの人は嘘を言っていると。
ところで、天界の処女であるあなたが、こんなところで女衒の若造と何をしているのです?
美徳と道楽の思いがけない道行きを見かけるなんて。
学芸の守護者であるあなたは、何と言われることをお望み?
どんな気の利いた話が、その毒のある美辞麗句であなたを夢中にさせるの?
  聖なる処女神よ、
  それらのものを追い払うのです。
 
ディアナに扮したジョーヴェ 不浄も淫らも、私の名誉を汚すことはありません。
私の栄光への畏れなしに、ヴィナスとキューピッドと時を過ごすことが出来るのです。
 
ジュノーネ その娘たちを抱きしめることもでしょう。
 
メルクーリオ 変装がばれたんだ。自分のことどころじゃないぞ。
ディアナに扮したジョーヴェ 聖なる口づけは禁断のものではありません。
純潔にして慎ましやかな口であれば、無垢の処女への口づけは許されるのです。
ジュノーネ そうなの。でも、あなたのしたことはそうじゃないわね。
無垢の娘を洞窟へ誘い、そそのかしたのですから。
メルクーリオ 自分が言ったとおりじゃないか。
ディアナに扮したジョーヴェ ジュノーネ、ジュノーネよ、何をおかしなことを言っているの?
私の耳に聞かせるなら、もっとふさわしい言葉があるでしょう。
さもなければ、聖なる木霊の声が鳴り渡るこの森から出て行ってほしいものだわ。
ジュノーネ   そんなに怒らないで頂戴、ディアナ。
  本当に跳ねっ返りな娘ね、
  あなたのことはよく分かっているわ。
私だって、ジョーヴェがそんななりをしていて、
天界のことを覚えていないのだと信じたかったのよ。
  森を彷徨い、色欲に駆られ、
聖なる処女となっても、消えゆく美を追うこともなければ、
重んじることもない。
いずれにしても、あなたの忠実な腰ぎんちゃくは、あなたが聖なる王の座へと至るのを見たと言うでしょう。
いいでしょう、私はここを立ち去りましょう。もう、あなたを困らせるようなことはいたしません。
洞窟の中で、甘い愛の汁をお愉しみになればいいわ。
 
第8場
(ディアナに変装したジョーヴェ、メルクーリオ)
ディアナに扮したジョーヴェ あのガミガミ女を天界から連れて来たのは誰だ?
 
メルクーリオ 百の眼を持つ嫉妬ですよ。
風のように飛んできては、何処へでも行って、何でも見て回るのです。
 
ディアナに扮したジョーヴェ   嫉妬に狂った女ってやつは、
  金切声にわめき声、
  獰猛な獣よろしく吼えたてるものだ。
  そうして余のあらを探しまくる。
  けれどもこの愉しみを諦めるなど出来ないさ。
 
メルクーリオと
ディアナに扮したジョーヴェ
  夫が妻に支配されるなんて掟はありゃしない。
  この悦びを満たすには、女なんぞ無視するに限る。
  その後で、きちんと彼女らの騒ぎを鎮めてやればいいのさ。
  夫が妻に支配される必要などないからな。
 
第9場
(エンディミオーネ、ディアナに変装したジョーヴェ、メルクーリオ)
 
Sinfonia
 
エンディミオーネ   わが心よ、お前は何が欲しいのか?
  何を望み、何をねだる?
  何をそんなに探し求めるのだろう?
    わが心よ、
    お前以上の幸せ者など、
    この世にいないというのに。
 
ディアナに扮したジョーヴェ メルクーリオ、ひそかに恋の歌をうたっているのは誰か?
 
メルクーリオ アルカディアの森の羊飼いのようです。
彼は、自らの羊たちを草場に連れていくことではなく、
天空に瞬く星々について究めたいと望んでいるのです。
 
エンディミオーネ おお、輝きの女王様、わが魂の至福よ、いのち、そして平和よ、
私は再び、あなた様にまみえました。
苦しみを置き去りにして、やっとのことで、山から降りてきたのです。
愛に震えるこの心は、あなた様への感謝と尊敬に満ちております。
ところで、一緒にいるお方はどなたでしょう?
ああ、心の中に嫉妬の苦悩が生まれてくるのを感じます。
ディアナに扮したジョーヴェ そんなおかしな真似はやめてください。小娘ではないのです。
  あなたがジョーヴェだと思われないためにも。
  
第10場
(若きサティリーノ、パーン、シルヴァーノ、ディアナに変装したジョーヴェ、メルクーリオ)
 
若きサティリーノ   僕の言うことが信じられないのかい?
  だったら見るがいい、彼女は君の恋敵とよりを戻しているぜ。
トリゲミアの愛人の田舎者と一緒にね。
 
パーン こいつめ、縛りつけてやる。
悲しみに打ちひしがれた心の復讐だ。逃げられないぞ。
 
エンディミオーネ 離してくれ、僕が何をしたというんだ、何が悪いというんだ?
この半身獣め。
ディアナに扮したジョーヴェ パーン、何を怒っているの?
 
パーン ご覧ください。縛られているのは、あなた様の愛人ですね。つまり不信心者です。
運命の吉兆が、彼を私の手中に連れて来たのです。
あなた様の眼の前にいる彼をご覧ください。私をぞっとするような怪物と思い込んでいます。
あなた様のその蒼ざめた頬に浮かぶ不愉快は、私が与えた口づけの記憶そのまま。
どうして今になって、私を傷つけ、私から逃げようとなさるのか?
不実なお方だ。
ああ!何の怒りが、あなたを移り気にさせるのか?彼が涙に沈むのは、私の不幸が理由です。
でも、私は彼の嘆きを見世物のように扱って、私の心に死を投げつけた女に届けることにしたのです。
 
メルクーリオ お逃げください、ジョーヴェ、逃げてください。混乱しています。
 
ディアナに扮したジョーヴェ 胸糞悪いサティリーノ、屠殺人め。好きなだけ殺すが良かろう。
お前は決してその苦しみから逃れることは出来ないぞ。
 
エンディミオーネ 女神様、何処へ行ってしまわれるのです?私を置き去りにして。
行ってしまうのですね?もう死ぬしかありません。
 
第11場
(パーン、シルヴァーノ、若きサティリーノ、エンディミオーネ)
 
パーンとシルヴァーノ   やめろ、わめくな、まるでつむじ風だ。
  そんなふうにして、怒りの心に身を委ねるのか?
  お前は自分の苦しみに対して、
  傷ついた心に抱える激しい侮辱に対して復讐してやるのだ。
  苦しみをねじ取り、他を苦しめることで殺すんだ。
  それでこそ、復讐への渇きを癒すことが出来るんだ。
エンディミオーネ おお、神様、こうして墓の前で、あなたの誠実な恋人を捨て去られるのですね?
ああ、残酷な神様、私に死ねと言われる?
それでは、どうぞお見届け下さい、残酷なる恋人よ。
 
パーン、シルヴァーノと
若きサティリーノ
  かくも惨めなる者よ、
  まだ移り気な女とやらを信じるつもりかい?
  女の誠実なぞ、吹けば飛ぶようなつまらない代物さ。
  かくも惨めなる者よ、
  それでもまた、浮気な女心を信じるというのか?
 
エンディミオーネ 愛の神よ、無慈悲な恋人が私の言葉に耳を傾けてくれないならば、
どうか助けてほしい。、お前のその矢の力で。
 
パーン、シルヴァーノと
若きサティリーノ
  かくも惨めなる者よ、
  まだ不変の神とやらを信じるつもりかい?
  奴はへまだらけの、流浪の射手に過ぎないぜ。
  君の話など聞くものか。
  かくも惨めなる者よ、
  まだ不変の神なんてものを信じているのか?
 
エンディミオーネ ならば僕を殺してくれ、もうおしまいなんだ、すべての希望から見捨てられたんだから。
死神だけが、この不幸な男を痛みから救ってくれるのさ。
 
パーン   君が死にたいと望むなら、僕は君を変えてやるよ、
  永遠に日の目を見ることのない、ヒキガエルの婆さんにね。
 
エンディミオーネ おお、神様!なんてひどいことを言うんだ!
 
パーン、シルヴァーノと
若きサティリーノ
  愛を信じるのは愚か者さ。
  天界を渡る稲妻のようなもの。
  その甘さは苦味に変わり、
  悦びといっては目につかぬほど小さい。
  そうさ、愛を信じる愚か者のことだよ。
 
第12場
(リンフェーア、若きサティリーノ)
 
リンフェーア   私はいい人を見つけることにしたわ。
  だって愛されたいのだもの。
  青春の日を不毛のなかでおくるなんてまっぴらよ。
  笑いながら過ごしたいものだわ。
  殿方がくださる、甘い悦びを知りたかったの。
  そうよ、いい人を見つけなきゃ。
 
若きサティリーノ 強情で尊大なお前なぞ、どうなろうと知ったこっちゃないね。
生意気な田舎娘め、泣きっ面を見るだろうよ。
 
リンフェーア   愛の神様、お願いです。
  優しい素敵なだんな様を、私に見つけてくださいな。
  森の中で獣を追いかけるのなんてもうたくさん。
  約束します。私も心から愛することを。
  私は伴侶を見つけたいの。
  そうよ、愛されるために。
 
若きサティリーノ 出て来い、サティリーノども。
わが友よ、この獰猛な獣を捕らえるんだ。
 
リンフェーア みんな、助けて。
(若きサティリーノの声に応えて、二人のサティリーノが森の中から現れる。
リンフェーアの叫びを耳にした4人のニンフが、弓矢を携えてやって来て、サティリーノたちを狙う。
それは相手をからかうためだ。
ともに踊りながら、サティリーノたちは退場する)
第3幕
第1場
(ラドンの泉にて。カリスト一人)
カリスト あの時の悦びは私の思い出に刻み込まれているわ。
澄み渡ったきれいなさざ波が、あなたの声に聞こえてくるの。
女神様と私、愛し合う二人が、お互いの思いのままに口づけを交わす。
そして私たちの甘い歌声が…
  こだましながら、
  川のせせらぐ音に混じり合うの。
  こうして待っているのに、あなたは来てくれないのですね。
  じらしているの、遅すぎるわ。
  罪なお方ね。私の心をかき乱すのよ、平和と希望もろともに。
  そうやって私を殺してしまうおつもりかしら。
  こんなに待っているのに、来て下さらないのですもの。
  きらきら眩く、のんびり屋のあなた様。
  私の心を愛の矢が貫く。
  お願いよ、ここに来て私に優しくしてほしいの。
  でなければ悲しみで死んでしまうもの。
 
第2場
(ジュノーネ、怒りの化身、カリスト)
 
ジュノーネ 真正なる怒りよ、嫉妬がお前をここに召喚したのだ。
悲しみの娘たちよ、そうとも、黄泉の国の川岸から。
お前たちの毒蛇を待たせておくのだ。三途の川を松明で照らしながら。
私はこの毒と決意を以て、この痛みを鎮めようと望んでいるのだから。
 
怒りの化身   ご命令を、
  この毒を存分に使えと。
  何なりと仰せを、
  燃え盛る炎を以て、あのふしだらなニンフに、
  堪え難き苦痛を与えよと。
  あなた様のお気の済むまで。
 
カリスト 不気味なところね。血も凍るようだわ。
恐ろしくて目を開けていられないほどよ。
 
ジュノーネ 厚かましい小娘め、自分のやった恥ずべきおこないの罪から逃れることが出来るなどと、
よもや思ってはいまい?
(カリストが雌熊に変身させられてしまう)
さあ、あなたの優しいジョーヴェが、あなたを私のベッドに誘ってくれるわ。
そうして、せいぜい醜悪なお愉しみにふけるがいい。
全世界を生み出したという、あの男の醜悪な唇が、あなたのそのみっともない口から吐き出される、
もごもごというため息と混ざり合うのよ。
卑猥な獣のような、あなたの顔に口づけしながらね。
あなたは仲間の熊と一緒になって、森や山の中を彷徨うがいいわ。
どんなに深い森であろうと洞窟だろうと、私の怒りと敵意はついてまわる。
いまいましい小娘め、とくと見なさい、あなたに苦しみを与えようと、待ち構えている者たちを。
あの者たちにあなたを引き渡しましょう。
山の上でも谷の底ででも、思い切り苦しむことね。
 
怒りの化身   黄泉の河から渡ってくる千の燃え盛る稲妻で、
  私たちはこの獣を追い立てるのだ。
  こいつの血で毒蛇の渇きを癒してやろう。
  ジュノーネの怒りに触れた、おぞましい獣を苦しめてやるのだ。
  尊大と嫉妬の女神が、私たちにそう命じているのだから。
 
第3場
(ジュノーネ一人)
 
ジュノーネ これで留飲も下がるというものだわ。オリュンポスに帰ることも出来る。
ろくでなしの夫の愛人に罰を下してやったのよ。
もう嘆く必要はない。罰せられるべきは、夫婦の義務に対する侮辱なのです。
こうして妻は夫を制するべきなのです。
彼らは退屈にかまけて、新しい獲物を狙っているのですから。
  満たされない女たちよ、
  私たちはいつもないがしろにされ、傷つけられて来た。
  見捨てられ、河に溺れてさえ、渇きに死ぬ思いをしてきた。
  夜になれば枕の上で、疲れ切ったろくでなしが不機嫌な顔で眠りこけていたのよ。
 
第4場
(メルクーリオ、怒りの化身、ジョーヴェとカリスト)
  
メルクーリオ 不敬の輩どもめ、敢えてジョーヴェの愛人を傷めつけようというのか?
さっさと己の巣窟に帰るのだ。
そうして、忌まわしい罪に穢れた怪物たちの尻でも叩いていろ。
 
ジョーヴェ   余の愛する者よ、わが汚れなき愛よ、
  世界を支配する至高の神の愛に欺かれた者よ、
  お前の心を苛む不安を、美しきその胸の奥に委ねるが良い。
  お前を創りし者は、常にお前の上に栄光を注ぎ続けよう。
 
(カリストがニンフの姿に戻る)
カリスト   全宇宙の主たるお方、
  あなた様の聖なるお言葉が、
  私を甦らせて下さいました。
もう毒蛇に恐怖は感じません。燃え盛る業火もかき消されました。
私は生き返ったのです。
  私は言いましょう、
  もとの姿をこうして取り戻し、天と太陽を仰いでいると。
 
ジョーヴェ 数年ののち、天体の星々がその轍を全うするときに、
お前はその星々の中に夢のような場所を得ることだろう。
星々の女王、サファイアとして愛でられ、ジュノーネにとって代わって、
私たちの生み出す聖なる星になるのだ。
お前はこの蒼穹を、麗しの宝石と、天空の調和のしらべで飾るだろう。
そして天の者となった後には、神饌を口にして、
  永遠のいのちを楽しむが良い。
 
カリスト 私はあなた様がお創りになった者です。
その私に、どうぞ命じて頂きたいのです。
天界の王たるお方の、その智略を。
ああ、私の偉大な運命よ、あなたは勿体なくもこの私を、
その聖なる懐に招き入れて下さるというのですね。
 
ジョーヴェ ジョーヴェといえども、深遠なる運命の布告に意見することは出来ぬ。
言えることは、お前は再び熊の姿に戻り、運命の書物に記された不運がうごめいている限りは、
慈悲の範疇を彷徨い続けるのだ。
だが、毛皮がお前を覆いつくす前に、おお、愛しき者よ、余はお前に、天の最上階の不滅の美を見せよう。
お前が女神となり、住まうことになるその場所を。
 
カリスト 人間は、いずれは死す定め。儚き存在です。
そのような恩恵を受け取る特別な者には値しません。
 
ジョーヴェ   カリストは天へと昇るであろう。
 
カリスト   天へと上げて頂けるのですね。
 
ジョーヴェとメルクーリオ 神々の世界への道を見定めるが良い。
 
ジョーヴェ   余のいかずちを見よ。
  余は雷神ジョーヴェ。
 
カリスト   昇天はこの上なき喜び。
  
ジョーヴェ   お前につけられた道だ、愛しき者よ、
  可哀想なことをした。
 
カリスト   神様のご褒美ですわ。
ジョーヴェとカリスト   ああ、私の愛する者よ。
 
メルクーリオ   その途上で、デロスの射手は、己の矢を自由に解き放つ。
 
皆で   天界へと、天界へと。
 
第5場
(エンディミオーネ、シルヴァーノ、パーン)
 
エンディミオーネ 彼女と別れろというのか?
そんなことは出来ない。死んだほうがましだ。
さあ、僕を殺してくれ、殺せってば。
 
シルヴァーノ   君はどうかしているぜ。愛だの憧れだの、
  そんなものきれいさっぱり捨て去れば清々するのに。
  彼女は君の事なんかなんとも思っていないぜ。
  それでもまだ、諦められずに死にたいなんて言うのかい?
 
パーン   愛の誓いなんか、風に飛ばされる塵のようなものさ。
  けれども愛のまぼろしは執拗だ。
  いったいどうして、囚われ人の「イエス」を信じられよう。
 
エンディミオーネ もう彼女のことなど考えるな、というのだろう?
そんなことは出来ないんだ。
 
パーンとシルヴァーノ 楓の木にでも縛り付けて、叩いてやらなきゃだめだな。
そうすりゃ薄情者のディアナもやって来て、こいつの永遠の安息を祝福してくれるだろうよ。
 
Sinfonia
 
第6場
(ディアナ、エンディミオーネ、パーン、シルヴァーノ)
 
ディアナ 卑しき下々の者どもよ、洞窟に潜む獰猛な野獣たちが、
お前たちをどうしてくれようかと狙っているぞ。
 
エンディミオーネ   なんて幸運なんだ、
  僕の女神が来てくれた。
 
ディアナ おとなしく立ち去るのです。私のこの矢の痛みを知りたくないのなら。
 
パーン 酷いじゃないか、ディアナ。何故、僕の嘆きに見向きもしてくれないのか?
どうして、僕の涙を見ても頑なに心を閉ざしたのか?
どうして、不実の女よ。この忠実なる僕を、ある時は熱烈な口づけで圧倒してくれた者を忌み嫌うのか?
パーンとシルヴァーノ   もう一度愛しておくれよ、
  美しきディアナ。
  そうして、あなたの移り気ゆえに苦しんだ者の、
  心を歓びで満たしておくれ。
 
ディアナ 嘘をお言いなさい。半身獣のぶんざいで、厚かましいことを言うのね。
ディアナは愛することはない。もしあるとすれば、愛するのは真実だけ。
この高貴なる羊飼いの、高潔で純粋な徳だけです。
さあ、さっさと行きなさい、がさつな者たちめ。
自分たちにふさわしい、その下賤な欲望の赴くままにね。
  
シルヴァーノ パーンよ、どうやら僕たちは、蛇から甘い蜜をもらおうとして、無駄な時間を費やしてしまったようだ。
この頑固な天文学者なんか放っておいて、さっさと行こうじゃないか。
  そうして恨みを晴らしてやろうよ、
  こう大声でふりまくのさ、
  「貞節のディアナは、純粋な愛欲に目がないぞ」と。
パーンとシルヴァーノ   貞節のディアナは、純粋な愛欲に目がないのだとさ。
 
第7場
(ディアナとエンディミオーネ)
 
ディアナ そこの二人のごろつきめ、この矢を受けるがいいわ。
執念を燃やして、あんた達の後を追ってまわることにしましょう。
私は復讐の女狩人にだってなるのよ。
そして、私はこの場所を、この野生の森を、私の光である者を見捨てることはしないわ。
 
エンディミオーネ   私はただあなた様のゆえに生きる者です。
  憐れみ深きお方よ、あなた様のためだけに息をしているのです。
  慈しみ深き女神よ、わが光にして悦び、輝ける痛みよ。
  あなた様のことを諦めるくらいなら、私はこの痛みの渦中で死を選ぶでしょう。
  おお、女神様。
 
ディアナ 本当に私のことを愛しているの?
証すことが出来て?
 
エンディミオーネ 私の心、魂はすべてあなた様のお気持ちと一体なのです。
私は生きていないも同然です。この心は、もう私のものではないのですから。
 
ディアナ 愛しき者よ、あなたのその唇から、そのような甘い言葉を耳にし、
あなたの心、魂の声を聞くとは。
こんなに幸せなことはありません。
この森の神々達と羊飼いどものひどい扱いからお逃げなさい。
あなたの幸のために、イオニアの砂漠へ、そしてラトモス山の頂へと。
互いの思いを、その場へ持っていきましょう。あなたは慎み深く、そして私は純潔を以て。
そして、その頂で、私たちは口づけを交わし合うのです。
  
エンディミオーネ 口づけだけで、十分に満たされるのですね、私たちは。
私も、それ以上のことは望みません。
私は己の分際をわきまえております。
私の心が見苦しい炎に焦がれることはないのです。
ディアナとエンディミオーネ   甘き口づけよ、
  愛の炎を止むことなく灯し続ける、神々の酒よ。
  消えゆく口づけは、また新たな口づけをいのちにもたらす。
  悦びに終わりなく、何故にゆっくりと過ぎゆくのか?
  この唇を重ね合いましょう。
  それは数多の悦びの泉。
  わが心、わが愛、わがいのちの。
 
第8場
(天上界にて。天使たちの合唱、カリスト、ジョーヴェとメルクーリオ)
 
Sinfonia
天使たちの合唱   星々は瞬きわたる、
  さらに美しく、光を増して。
  天上の全能神が、新たな荘厳を準備する。
  光輝をまといし、ジョーヴェの恋人。
  すべてのものの上に、あなたは輝く。
  星々は瞬きわたる、
  さらに美しく、光を増して。
 
カリスト 私の魂を包んでくださる、この栄誉のもとに降りましょう。
何のとりえもないこの私は、聖なる天界のことを忘れ、地上の囚われ人となっていました。
おお、光に満ちた、麗しの荘厳よ、今、私は眼にしているのです!
 
ジョーヴェ この星々が煌めく、無窮の天がお前のいるべき場所なのだ。
死神も手がとどかぬ。世界すらも存在せぬ。
地を照らす太陽も、もうお前のために輝く必要はない。
この霊妙なる不朽の天上界で、お前は私の傍らで輝き、生き続けるのだ。
 
カリスト わが心よ、あなたの創造主がかくも尊き場所を、
その愛の印として用意してくださったというのです。
  心は喜びに満ち溢れ、
  至福の頂へと昇りつめる。
天使たちの合唱   天は微笑みかける、
  すべての根源たる、偉大な全能神の心になかう乙女の幸せに。
  聖なる魂よ、
  われらの調べ、歌声をさらに高く届かせよ。
ジョーヴェ 余の愛らしき女狩人よ、地上へと戻るのだ。
俗界の囚われ人とはなるが、そこでお前の苦しみは和らげられる。
そこで再びこの天上界へと戻る時を待つが良い。
メルクーリオよ、彼女の供をし、護るように。
人知れず、山にあっても谷にあっても、
星となることを運命づけられた、この愛らしき熊のために。
メルクーリオ いつでも。準備は出来ております。
彼女のお傍に侍り、守護神となりましょう。
 
カリスト   私のご主人様。
 
ジョーヴェ   愛する者よ。
  
カリスト   幸せですわ。
 
ジョーヴェ   余は悲しい。
  
カリスト   私はもう行きます。
  
ジョーヴェ   余はここに残らねばならぬ。
 
メルクーリオ   じき、運命がお二人を結びつけましょう。
カリスト   お別れですわ、ジョーヴェ。
 
ジョーヴェ   しばしの時だ、愛する者よ。
Chiacona
 
終わり
 
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